翌朝、白蘭様はこう告げられました。菜摘チャン、今日は仕事で帰れないから、何か困ったことがあればレオくんに言ってくれればいいからね。そのお言葉に対し、私は答えました。わかりました、と。

本当は知っていました。白蘭様が今日お帰りになられないのは、仕事だからではないということを。何故なら、白蘭様が今日お召しになられた腕時計は、仕事用のものではなく、プライベート用の物だったからです。きっと白蘭様はあの女性のところへ行かれるのでしょう。そう考えるのに、さほど時間はかかりませんでした。

白蘭様、お帰りは何時頃に?と、私がそう尋ねれば明日の朝には戻ってくるよと、白蘭様は答えてくださいました。今までにも白蘭様はきっと、私に幾度も仕事だ、と嘘を吐き、度々あの女性とお会いになる時間を作っていらっしゃったのでしょう。けれど、帰らない、と言われたのは初めてでした。きっと私が白蘭様に捨てられる日はそう遠くないのでしょう。

菜摘チャン、ちゃんとお利口にしてるんだよ。そう言って、微笑みながら優しく私の頭を撫でて下さる白蘭様に、息苦しさを覚えた私は、どうしても行ってらっしゃいませ、と紡ぎ出すことが出来ませんでした。静かに音を立ててしまる扉に、いつもより広く感じる部屋へと虚しく取り残された私が考えていたことは、あの笑顔もあの優しい手も全て私を騙すための、あの女性にお会いになられる為のものなんだ。ということでした。

どんなに優しい手を差し出して頂いても、どんな笑顔を見せて頂いても、私の目にはもう、全てが偽りのものにしか見えなくなっていました。

そしてそれはいつか真実となり、残酷な現実を私に突き付けるのでしょう。




(雨は更に強くなった)